オスマン帝国のカーペットブーム


前回の絨毯の詳細から。
トルコのカイセリ産、100年くらいのアンティークと言われた絨毯。
でも、それは確かな筋の情報ではないのと、残念ながら現物から判断できる知識がないので
もし何かわかる方がいらっしゃれば、教えていただけたら嬉しい。

ただ、100年前のトルコの絨毯の状況は興味深いものなので、
ペルシャ絨毯の道-モノが語る社会史‐(坂本 勉著)」から引用させていただきつつご紹介。

現在はトルコといえばキリムが有名で、絨毯に関してはペルシャ絨毯ほど有名ではない。
しかし輸出向け生産ブームが起こるのは、ペルシャ絨毯より10~20年早かったらしい。
オスマン帝国においてカーペット・ブームがはじまるのは、イランよりもだいぶ早い1860年代のことである。
中略
1890年代にはいると、ブームはさらにアナトリアの内陸部へと広がっていく。
中略
これらのところで今のように絨毯がさかんに織られるようになるのは、十九世紀末から二十世紀のはじめのかけての頃である。
カイセリも、この「アナトリア内陸部」の一つ。
20世紀初頭のロンドンでは、トルコ絨毯を四とするとペルシア絨毯は一の割合で消費されていた
という報告も残されているほど、トルコ絨毯は大きなシェアを占めていたらしい。
しかしながら第一次世界大戦が終わってオスマン帝国が滅ぶと、トルコ絨毯の対外輸出は、急速に落ち込んでいく。
ぴったり100年前は、第1次世界大戦開始前年の1913年。
もしこの絨毯が本当にその時代のものなら、大戦前のほんの20年ほどの間、
アナトリア内陸部で絨毯が大量に作られていた時代のものにあたる。
実際の産地年代はわからないけれど、トルコ絨毯にそんな激動の時代があったということを、
想像するきっかけになった。

拡大(多肉植物は飾り)。


クラシックなデザインのようで、なんというかボーダーの中の花柄がおどろおどろしく、
型にはまっていない、新しいデザインにはない存在感。
ヨーロッパ向けに売れそうなアラベスク文様を織ろうと思ったけど、
まだ感性がそこまで追い付かずに生々しさが出てしまったのではないかと思うような...。

全体にはっきりした色調で色彩豊か。何かアニメ的ですらある。
パイルは柔らかく絨毯は薄くしなやか。縦糸は柔らかな綿。




トルコ結び(ダブルノット)は、縦糸2本に均等にパイル糸を結ぶので、
裏から見るとわかりやすいが、パイル糸は必ず同じ色が横に2つずつ存在する。




ドット絵で表現するなら、横方向は2ピクセルずつ同じ色になる。
(縦方向は1ピクセルずつ。)

点描画である絨毯にとっては、それは大きな制約となる。
つまり曲線や細かな色の変化(グラデーション等)の表現をするには、
トルコ結びは最適とは言えない。
その割に、この絨毯はとても有機的な表現に挑戦しているところがすごい。

対して、ペルシャ結び(シングルノット)は、同じく縦糸2本を1セットとして、
そこに非均等にパイル糸を結ぶ方法。
すると2本1セットの縦糸は、絨毯の平面に対して前後にずれて配置され、
(一本は表に近い方へ、一本は裏に近い方へ。)
それに伴って、パイル糸の結び目も縦糸一本分しか見えず、
つまりより繊細な点描画を描くことができる(ということだと思う)。


うちにあるのは変な絨毯が多いので、似たのを探そうとしても
まず見つからない場合が多いかと思います。。
(変さゆえに興味を持ったということもあるし、変だから格安だったということも。)


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